20kgダイエット 第一章 <体調不良で救急車騒ぎ?>

はらみかのダイエット小説

耳のツボを刺激しつつ、朝夕食事前にサプリメントとプロテインを飲み、

食事量を以前の半分にするというダイエットが始まった。

最初はコツがつかめず、全く体重が減らなかった。

どうやら食欲のツボへの刺激が強すぎて、一気に食事量が減りすぎていたらしい。

「食べなさ過ぎても痩せないなんて難しいなぁ」とか思いながら試行錯誤。

開始から2週間ほどすると、少しずつ体重が減ってきた。

旦那が私の出費に反対した理由の一つとして、義母のことがあった。

 

末期の大腸癌を患い、春から入院していて、もう長くないと医者からも言われている。

たしかに、このタイミングでダイエットなんてしている場合ではないのかもしれない。

でも、二人目を妊娠してしまったらできないし、今しかないと思ったのだ。

申し訳ないと思いながらも”もう乗りかかった船だ”と思い、自分を納得させた。

 

6月中旬、義母のお見舞いに行くと、近々転院するという話を聞いた。

今は市内の車で20分ほどの距離だが、今度は隣の市のはずれだそう。

往復で2時間弱はかかるため「しょっちゅうは行けないな」と旦那は言った。

結婚する時、いずれ同居することが条件としてあった。

いわゆるうるさい姑ではなさそうな気がして、私は深く考えずに同意した。

始めは向かいのアパート暮らしだった。

もともと親子で住んでいた部屋に、私と義母が入れ替わる形で住み始めた。

一軒家育ちの私は、狭いキッチンが気に入らず、すぐに引っ越したがった。

旦那はメンテナンス関係の仕事をしていて、県外・時には海外の得意先へ出向くことが多々あり、出張で家をあけることが少なくなかった。

その間私は車で15分ほどの実家に帰っていて、とても気が楽だった。

 

旦那は彰良という。長いので短縮して、あきくんと呼んでいる。

新婚当初、あきくんはコンロの五徳や換気扇の油汚れをキレイに掃除してくれた。

「なんていい旦那だろう」と思う一方で「このキッチンで頑張れってことね」と自分に言い聞かせ、なんとか半年ほど慣れないアパート生活を頑張った。

そんなある日、あきくんが「建売りを見に行こう」と言った。嬉しかった。何軒かはしごした。

数回それを繰り返し、外観から何から全て気に入る物件に出会った。

2回目の内見には義母も連れて行った。

義母は「立地が気に入らない」と言ったが、あきくんの決意は固く、その場で買うことを決めた。

夫婦だけでまず新居に引っ越した。

義母は足がないため「バス通りに近い今のアパートが良い」と言って一人暮らしを続けていた。

そのまま3ヶ月ほど経った。

しかし家賃がもったいないのと心配なのとで、改めて説得をし、義母も越してくることになった。

同時期、私は体調が優れず、もしやと思い産婦人科に通い始めていた。

やはりおめでただった。義母は初孫が出来ることをとても喜んでくれた。

きっと仲良く暮らしていけると思っていた。もちろん努力しようとしていた。

つわりの時期がやってくると、それに変化が訪れた。

気持ちが悪いのと、他人と暮らすストレスで私は実家に戻りがちになった。もちろんはじめは出張が理由だった。

あきくんが帰ってくる前日、涙が止まらなくなった。「戻りたくない」と泣きながらメールした。

優しい旦那と義母は私を責めず、落ち着くまで実家にいて良いと言ってくれた。

こうして別居状態になり、娘が産まれてもそれは続いていた。

私はあきくんのご飯を作るため、最近戻ってきたところだ。

周りの優しさに甘え、現実逃避をするクセ・・・

昔からそんなところがある自分のことを、私は大嫌いだった。

もっと精神的に強くなりたい、とずっと思っていた。

義母は私の母より一回りも年上で、あまり外に出かけるのが好きではなかった。

あきくんが出張で不在だったある日、家で血便が出たという。

翌日、県内に住むお義兄さんに来てもらい救急車を呼び、そのまま入院となった。

出張からの戻りはその2日後だった。なんとタイミングの悪い男か。

ちょうど入院の翌日が休みだった私は、家にあった義母の物を紙袋に入れ、病院へ飛んで行った。

お義兄さん夫妻が徹夜で付き添ってくれていた。

私が着いた時、義母は検査中だった。

お疲れの2人は待っている間に寝てしまった。無理もない。

私は2人が起きるまで待っていたが、保育園のお迎えの時間が迫ってきた。

そわそわしているのを察してくれたのか「しーちゃんのお迎え大丈夫?」と、いつも気が利くお義姉さんが聞いてくれた。

義母に会えず残念だったが、紙袋を託し、帰らせてもらった。

ダイエットを始めてから1ヶ月ほど経ち、マイナス3㎏になった頃、体に異変が起きた。下痢が止まらないのだ。

胃腸風邪かノロかと思ったが、身に覚えがない。

とりあえず、消化に良い物を食べることにした。

整体院にもLINEで相談。そういう時代だ。

「昨日からお腹を壊しているため、しばらくサプリメント等をお休みしても良いでしょうか」

「お腹が治るまで、アロエジュースと腸内環境に効くサプリのみにして下さい」

「了解しました」のスタンプを返した。

整体院に言われた通りにしていたが、体調はなかなか治らなかった。

連日、食事もままならない状態なので、貧血で倒れないか心配だった。

毎晩胃のあたりが気持ち悪く、吐きそうになりながら眠りについていた。

ある日、あきくんが娘のためにスイカを買ってきた。

水分だし、と思い夕食後に食べたその日の夜、今までにない耐えられない気持ち悪さで救急車を呼んだ。

病院に着くやいなやCT、採血からの点滴で、左腕には痛々しいアザができた。

「今から絶飲絶食で、明日の朝また来て下さい」と言われ、検査の予約をして帰った。

実は明日は自分で病院に行こうと思って休みを入れていたため、ちょうど良かった。

ただ、緊急・夜間診療代は痛かったが。

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