知らない方はいないかもしれません。
今回はスーパーモデル冨永愛さんのことを調べてみました。
昨年、Newsweekの『世界に貢献する日本人30』にも選ばれました!!
冨永愛さんといえば、高身長ですらっとして手足が長くて・・・
モデルをやるために生まれてきたような、抜群のスタイルですよね。
9等身だそうですよ。
やっぱりね、って感じですよね(笑)
男性から見ても女性から見ても、間違いなく「かっこいい」スーパーモデルではないでしょうか。
でも、そんな冨永愛さんにもコンプレックスがあったとか!?
そして、生い立ちもすっごいんです。
まずはプロフィールから見ていきましょう。
スーパーモデル・冨永愛のプロフィール
- 生年月日:1982年8月1日(現在39歳)
- 出身:神奈川県相模原市
- 血液型:B型
- スリーサイズ:B81・W61・H88
- カップサイズ:A
- 股下:92cm
- 靴のサイズ:25.5cm
- デビュー年:1997年
※あえて身長・体重は載せてません。次の目次でどうぞ。
股下という項目がプロフィールに出てくるのも、スーパーモデル冨永愛さんだからこそです!
それについても次の目次で触れます。
スーパーモデル・冨永愛の身長・体重は?
身長はwikiにも載っているのですが、体重は非公開のようです。
でもでもでもでも!!!(小島よ〇お?)
実は、あの超有名なテレビ番組「徹子の部屋」に冨永愛さんがゲスト出演した際、
黒柳徹子さんに聞かれて、戸惑いながらもカミングアウトしちゃってるんですねー。
冨永愛さんの身長は、179cmあります。
ちなみに身長179cmの方の平均体重は70.5kgだそうです。
さて、冨永愛さんのお答えは・・・
・
・
・
・
「56kgくらいです」とのこと。
(これは2020年3月の情報ですが、今でもさほど変わらないと思います)
驚きすぎて言葉が出ませんですね・・・
平均よりも14.5kgも少ないとは。
さすがスーパーモデル!!
スタイルキープするのに並々ではない努力をされているに違いありません。
スーパーモデル・冨永愛の足の長さがハンパない話
そしてこちらも平均とは比べ物にならないおはなし。
プロフィールに冨永愛さんの股下を載せましたが、
一般的な日本人の股下は、身長の45%くらいだそうです。
それが冨永愛さんの場合・・・
みなさん、股下÷身長を計算してみて下さい。
92÷179=0.51396648・・・となります。
つまり、ほぼ51.4%です!!
平均越えハンパないですよね(^^;)
冨永愛さんの足の長さがよ~く分かりますね。
色んなサイトで、冨永愛さんと他の芸能人さんが並んだ写真が載っているのですが、
有名なハリウッド俳優・女優さんでさえ見劣りしてしまうことが多いんです・・・
モデルの申し子とでも呼べそうですね。
さぞかし順風満帆な人生かと思いきや、冨永愛さんの人生はとても波乱万丈でした。
まずはどんなコンプレックスをお持ちだったかを見ていきます。
スーパーモデル・冨永愛のコンプレックス
今でこそスーパーモデルの冨永愛さんですが、幼少期には高身長がコンプレックスでした。
高身長のせいでいじめにもあっていたそうです。
ついたあだ名はひどいものでした。
『巨人女』『ジャイアン富永』などと言われていました。
中学2年生ですでに身長が175cmまで伸びた冨永愛さんは『宇宙人』呼ばわりされるように。
「これ以上伸びて欲しくないから」と14歳でタバコを吸うことにしたそうです。
きっと子供の口にタバコは美味しくなかったでしょうし、
そこまでしてコンプレックスの高身長をなんとかしたかったのですね。
高校生になってもいじめは止まらず・・・
やっと、15歳の時に転機が訪れます。
お姉さんが冨永愛さんの写真を読者モデルに応募したのです。
その結果、『プチセブン』の専属モデルになることができました。
さらなる転機は17歳の時。
冨永愛さんが高校の制服を着ている写真が雑誌『ヴォーグ』に掲載されます。
当時の高校生らしくルーズソックスを履き、とにかく足の長さが際立つのと、
表情も笑顔で良い写真でありながら、とてもオーラを感じます。(※個人の感想です)
この写真が海外モデル事務所の目に止まって、
2001年、18歳の時にランウェイデビューをするわけです。
高身長を生かせる場にたどり着けて本当に良かったですね。
でも、ここで書いたのは冨永愛さんのほんの一部です。
冨永愛さんの波乱万丈人生には、こんな生い立ちがありました↓
スーパーモデル・冨永愛の壮絶な生い立ち
冨永愛さんは、2014年に自叙伝『Ai 愛なんて大っ嫌い』を出版されています。
ここに壮絶な生い立ちが載っています。
冨永愛さんは3姉妹なのですが、実は全員父親が違うのです。
つまり、冨永愛さんのお母さんは結婚と離婚を何度も繰り返していました。
さぞ、おモテになったのでしょうね・・・
家には常に知らない男が出入りしている状況だったそうです。
それだけならまだ良いのですが、育児放棄のような状態、いわゆるネグレクトでした。
冨永愛さんが「学校でいじめられている」と相談しても知らんぷり。
そもそも、家に帰ってくることは時々しかなく、その時はいつも酔っぱらっていたそう。
それでも血が繋がっている唯一の大人はお母さんです。
恨みながらも頼るしかない、でも甘えられない。学校でも居場所がない・・・
中学生の時、ついに冨永愛さんは自殺を図ろうとします。
裸でバスタブに入って、手首を切ろうとしたそうです。
でも、死への恐怖から思いとどまります。
自殺、未遂になって本当に良かったです・・・
しかし同時に、周りへの殺意が芽生えてしまいました。
「みんな、みんな、ぶっ殺してやる!」「殺してやる。絶対ぶっ殺してやる」
これが、自叙伝に綴られている言葉です。
そんな冨永愛さんを見かねて、お姉さんが読者モデルに応募した、といういきさつです。
周りを見返してやる、という復讐心とただならぬ怒りを胸にモデル界へと飛び込んだ冨永愛さん。
貧しさから抜け出したいという思いもあり、一気にトップモデルへ。
と言うと、とても順調なモデル生活のように聞こえますが、
モデル界でも苦労は絶えなかったそうです。
手足が長すぎて既製品が合わず、仕事がない時もあったとか。
そして、アジア人差別も経験したといいます。
それでも負けずに続けていったことで、成功したのですね。
22歳の時に結婚し、息子を授かります。
4年で離婚してしまうのですが、子供との生活で穏やかな気持ちでいる自分に気付き、
「わたしをなじったやつらのことや復讐心など、いつのまにか消えてしまっていることに気づいた」
「憎しみに明け暮れていた十代後半。自分自身をのろい、自己を否定し、自身を愛してこなかったこれまでの生き方。そして母への憎悪。それらすべてが浄化されていくのを感じた」
のだそうです。
本当に、良かったです。
子供への愛が、冨永愛さんの心を癒してくれたのですね。
自叙伝のタイトルには『愛なんて大っ嫌い』とありますが、
やはり人が生きていくのに愛は必要不可欠だということを感じさせてくれます。
もちろんタイトルの「愛」にはご自身の名前もかかっています。
自分ことも大嫌いだったのですね。
様々な過去を経験し、今の自分を好きになれた冨永愛さん。
あの目力も、あの存在感も、辛い過去を乗り越えてきたからこそのものだと思います。
本当に素敵な女性です。
スーパーモデル・冨永愛の名言
ちょうどこの記事を作成中に、冨永愛さんのテレビ出演がありまして。
「日曜日の初耳学」です。
名言が飛び出しましたので、ここに載せたいと思います。
「私、強く見えるんだけど、強い人間じゃないんです。
強いフリをしていた時期が結構あって。
強いフリをしていないと飛行機乗れなかったんですよ。
飛行機乗ったら、NYコレクション・パリコレクションっていう戦場だから、
またあの突き刺さるような視線だから。「アジア人のくせに」みたいな。
嫌で嫌でしょうがなかったんだけど・・・
「私全然大丈夫」「全然大丈夫」「私、あなた達より綺麗だから」ていうフリをして
飛行機に乗ってたの。全然強くないんですよ。
強く見えるんだけど、結果的な話で。タフになれたのは。
騙し騙しやりながら、ちょっとずつ自信がついてくるんですよ。
その(強い)フリが本物になっていったんです
だから、(強い)フリでいいと思う」 一部抜粋
悩める女性の人生相談に応えるという企画でした。
女性達の前に先生役として立った冨永愛さんが開口一番に言ったのがこれです。
かっこよすぎますよね。
昔からビッグマウスだったイメージの冨永愛さんですが、それも実は強いフリだったんです。
でも、そうですよね。生まれつき強い人間なんていません。
メンタルの強さも何もかも、場数を踏まないと慣れないものですよね。
だから、「強いフリでいい」んですって。
悩める女性へのエールとして、これ以上強く優しいメッセージはないんじゃないでしょうか。
他にもこんな名言が飛び出しました。
「子供は授かりものだけど、仕事は自分の力でどうにかなる」
「(子供か仕事か)どっちか選べなんて酷じゃない?どっちもやってみることは価値はある」
これは仕事を続けるべきか、結婚して子供を産むべきか悩む女性へのアドバイスでした。
日本は特に「子育ては女性の仕事」という傾向がある点も指摘されていましたが、
とりあえずどっちもやってみなよ、っていう前向きなメッセージですね。
もちろんご自身の経験もありますから「両立は大変ですよ」と前置きされていましたが。
両立が無理だったら、その時に考えればいいよ、っていう。
「両方やれるだけやってみて、もし限界を感じたら仕事を休んでもいい」というアドバイスでした。
「舐められてナンボ」
これは上と同じ女性の「女だからって舐められることがある」という相談への回答でした。
色んな差別を受けてきた冨永愛さんだからこそ言える、力強い言葉です。
舐められたからこそ、悔しくて頑張れる。
負けるな!というポジティブなメッセージですね。
「怒ってくれる人は、自分が変わった方がいい部分を教えてくれてる」
これは「怒られるとすぐにバイトを辞めてしまう」という半ニート女性の相談の中で出た言葉です。
「怒ってもらえるうちが花」とよく聞きますが、本当にその通りなんですよね。
ごくたまに、頭ごなしに怒ってくる人もいるかもしれませんが・・・
基本的に怒ってくれる人は、その人の未来のために怒ってくれてます。
「変わった方がいい部分を教えてくれている」という表現は初めて聞きましたし、
冨永愛さんの表現が素晴らしいなと思いました。
「完璧じゃなくていい」
「私は「助けて」って言える、信頼できる人と友達になってた。助けてくれるくれないかはさておいて、自分が「助けて」って言いやすい人、そういう信頼がある人」
「(子供にとって)お母さんが幸せであることが大事」
「「思い通りにならないこともあるんだよ」ってお母さんは(子供に)教えてあげなきゃいけない」
これは、家事も育児も手が抜けないという3児のママさんへのアドバイスでした。
「家族に嫌われたくない」と言って頑張る彼女には、私も泣きそうになりましたが・・・
冨永愛さん自身も完璧主義で、頑張りすぎて何もできなくなってしまったと告白されました。
そして、3年間仕事を休み、育児に専念したのだといいます。
だから「完璧じゃなくていい」と言うのです。
「ママ友に迷惑をかけたくない」という相談者さんでしたが、冨永愛さんの助言は
弱音を吐ける、信頼できる人がそばにいてくれたら気が楽になるよ、ってことかなと思います。
生い立ちの所に冨永愛さんのお母さんのことを書きました。
「お母さんが幸せであることが大事」というのは経験者だからこそ言える深いメッセージですよね。
そして、冨永愛さん自身もお母さんに言われたことがあるそうです。
「世の中、上手くいくことばっかりじゃないから。思うようにならないことばっかりなんだから」
冨永愛さんは、このお母さんの言葉がすごく響いたとおっしゃっていました。
生い立ちの項目だけを読むと誤解を招きそうなのですが・・・
冨永愛さんは、ちゃんとお母さんの愛を感じて生きてこられています。
シングルマザーとして3姉妹を育てていた冨永愛さんのお母さんは、
昼も夜も仕事をしなければいけなかったんです。
その理由を、娘への愛なのだとどこかで理解していた、というお話もありました。
壮絶な生い立ちがあった冨永愛さんのお言葉、どれも染みますね。
何より、相談者さんに何度も「大丈夫よ」と言いながら語る
冨永愛さんの優しい声とお顔がとても印象的でした(*^^*)
全ての女性の味方って感じで、どこまでもついていきたくなります(笑)
冨永愛さんのことを知れば知るほど、ますますファンになってしまいます(#^^#)
冨永愛さんの最新の名言、いかがでしたか?
心に響くもの、あったんじゃないでしょうか。
それでは、最後まで読んで頂きありがとうございました(^^♪
コメント